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コム デ ギャルソンとの本来の出会い

「コム デ ギャルソン」との本来の出会い・・・
それは、私が社会人になってからのことだ。
仕事も落ち着き、一人暮らしにも慣れてきた頃、久しぶりに懐かしい言葉を見た。

それはイラストレーターの大橋歩さんが編集している「Arne」という冊子を読んでいた時。
「Arne」とは、日々の暮らし、自分の好きなものを大切にしようというテーマが感じられる雑誌であるが、その中で「コム デ ギャルソン」の服が紹介されていたのだ。
正直、驚いた。


かつて「コムロギャルソン」というコーナーの番組があり、その中で活躍した人達は、殆どが「懐かしい」存在になってしまった。
でも、このブランドは何事もなく、生きていたのだ。
いや、もちろん、ファッションに詳しい人であれば、何ということもないのだろうが、私のような、ブランドに手が出せない貧乏人にとっては、その存在も「懐かしい」言葉になりつつあってもおかしくない。


「コムロギャルソン」を観て育った高校生の私は、10年以上の時を経て、本来の「コム デ ギャルソン」に出会うことになった。

大人になった私の目に映る「コム デ ギャルソン」の服は
シンプルで、品のある、素敵な服だった。


「いつまでも、何年経っても、着ていたい服」
本来の姿を見て、そう思った。

コム デ ギャルソンとの出会い

私が「コム デ ギャルソン」を初めて知ったのは、テレビである。
昔、「浅草ヤング洋品店」という番組があった。実際、私が観ていたのは「ASAYAN」に改名してからのことなので、番組としては長い年月放送していたのではないだろうか。


「ASAYAN」では、当時、全盛期であった「小室哲哉」が素人をプロの歌手としてデビューさせ、全面的にプロデュースする「コムロギャルソン」というコーナーがあった。その頃は小室哲哉の手掛けた人は誰でもヒットするという少々痛い時代であった為、私はその番組自体をあまり好きではなかった。


「コムロギャルソン」という名前も、有名な洋服のブランド名を真似ているということを知って
いたけれど、「流行」の波に乗って作られたコーナー。一時的なものは、いつかは潰れると思っていた為、「コム デ ギャルソン」もそういうレベルのブランドなのだ、と勝手に決めつけていた。
そして、「コムロギャルソン」はやはり、予想通り、過去のものとなってしまい、売れっ子プロデューサーとして大活躍した小室哲哉も、今ではバラエティ番組に出演するまでになってしまった。

今となっては、「コムロギャルソン」というコーナーを、「コム デ ギャルソン」がよく承諾したなーと思うくらい(許可はとらないものなのか?)だが、私個人のイメージとしてはあまりよろしくないイメージであったのは確かである。

そして、10年くらいの時を経て、私は「コム デ ギャルソン」と再会した。
といっても、商品を目にしたのは初めてであるから、これが私と本来の「コム デ ギャルソン」との出会いである。次項では、その話を書こうと思う。